90年代は飽和
00年代は混沌
そして来る10年代のキーワードは何だろうか。
不思議な因果だが、
どれも89年、99年、そして偶然にも09年に
変革のときが訪れたようだ。
89年はベルリンの壁が崩壊し、
東西冷戦が終焉を迎えて、カルチャーのポジティブな流動と
アメリカ経済の復活によって、風船はどんどんと膨らんだ。
そして99年、ユーロが導入されドルの対抗馬として
ヨーロッパの経済が成長をはじめ、マネーゲームに
世界中が巻き込まれていった。
途中、911を経験し、虚業のマネーだけでなく
戦争という負の産業にも巻き込まれ、
カオスに世界中がもがき続けた。
そして今09年。
何よりもまず、「CHANGE」を掲げたオバマ氏が初の黒人大統領に就任。
それに触発というか、当然なのだが、ここ日本でも今日民主党が大勝。
さらにカルチャーの分野でも
20世紀最高のアイコン、マイケル・ジャクソンが亡くなったことで
時代の象徴が、変化消滅している1年なのだ。
この白人と黒人、イエローモンキーすらを超越した
マイケルという存在が死をもって、私たちに投げ掛けた最大のテーマがあると
知人に熱弁を受けた。
それが「愛」である。
二人してすぐに「愛だろっ、愛」という90年代のお酒のCMを浮かべ
80年代ブームが頂点に達した今、
90年代リバイバルの予兆すらも見え隠れしていることに、偶然にも気がついた。
話を「マイケルと愛」に戻そう。
知人曰く、マイケルほど愛を訴えたアーティストはいないのだという。
愛を惜しみなく与えることで、彼はアーティストの使命を全うしていたのだと。
スキャンダラスな90年代はマイケル的アプローチが飽和を迎え
一足先に、エンタメ業界のカオスに巻き込まれていったらしい。
マイケルが、いかに愛情深いパフォーマーだったかは、
知人の意見で、私が検証しているわけではないが、
一考する価値ある提議だ。
そして、知人が最も力を入れて語ったのは、
「そんなマイケルが死ぬことで、愛(マイケルという存在)を世界は失ったからこそ、
今ようやく人々は愛とは何かを自ら見つめ直すときがきた」とのことだ。
若干、いや多分に宗教じみているとは思うが、
私もなんとなく彼女の意見に賛成だ。
マイケルの死を、09年からスタートする
10年代のキーワード「愛」の象徴とするかは、人それぞれだろうが、
金に振り回された世界中が、
何を拠り所に、何を信じて、何を人生の指針にしたらよいかといったら、
「それは愛だ」という意見は
なかなか世の中を見抜いていると思う。
私もこれから、少し考えてみたいテーマだと思っている。
さてみなさんはこの理論、どう捉えるだろうか。